「情報処理学会からの提言」への反応
未履修問題に対する情報処理学会からの提言について、あちこちからいろいろな反応が聞こえてきています。 私に口頭で述べて下さる方、メールで下さる方、私や奥村先生のblogにcommentやtrackbackを入れる方、 学会の公式ルートで御意見を下さる方だけでなく、そのようなことはせずに、御自身のblogなどで御意見を表明されるかたもおられます。 提言の題名をgoogleなどにそのまま入力してみると、そのようなblogを発見できます。
そのなかでも
をみて、少し考え込んでしまいました。ビジネスのための雑学知ったかぶりどうして「情報」が高校の必修課目?
このblogを書かれた方は、他のエントリーを見る限りは情報教育の専門家ではなく、報道の専門家のようです。 全体として批判口調ではありますが、合理的に書かれている文章だと拝読しました(題名で「必修」と「必履修」を間違えている点はスルーすれば)。
この方の御意見にちゃんと(感情的にならずに)反論できるに十分な事実の積み上げを行なうことが、次の我々の仕事なのかも知れません。
とりあえずいくつか指摘してみます。
- 冒頭に、
高校で「自動車産業を守るために、ギヤボックスの構造くらい教えるべきだ」とか「為替業務も習わないから日本の銀行はダメなんだ」という話は聞いたことがありません。
とあります。その答を考えました。 一般の人は、自動車を製造したり修理したりする必要はないが、文書を製造したり、修正したりする必要がある。 一般の企業で事務職についている人は、大量の文書を製造したり、大量に修正したりする必要がある。 一般の企業で事務職について勝ち残ろうという人や管理職になる人は、とても膨大な量の文書を製造したり、膨大に修正したりする必要がある。 ということです。 - その直後に、
なぜソフトウェア産業は特別なのでしょうか。
と書いてありますが、現在の高等学校の教科「情報」はソフトウェアを作ることを教育目標としているのではありません。情報処理学会・初等中等情報教育委員会の試作教科書は、 「国民全員がソフトウェアの製作方法を体験したことがある(例えば高校3年間の総履修時間合計3,000時間のうち8時間位)」ということを目指していますが、 「国民全員がソフトウェアを作る仕事を目指して授業を受けて欲しい」とは書いてません。 うまい例えになっているかどうかわかりませんが、 「何を食べるかを決める人は、一回くらいは料理の体験をして欲しい」というのに近いです。
- たとえば、
「情報化社会の光と影」「情報社会で守るべき約束ごと」というのは、どちらかというと政治経済、倫理の教科内容です。「コンピュータの基本的な構造と動作原理」は技術家庭か物理、数学の範疇です。
をみると、「他教科でできることを『情報』で実施することに反対」をされているように読めます。 しかし、実は「他教科でできること」でないことを、僕は指摘します。 公民の教諭(政治経済や倫理)や理科(物理)や数学の教諭は、現状では「情報化社会の光と影」「情報社会で守ること」「コンピュータの基本的な構造と動作原理」を教えません。理由は簡単で、指導要領にそれが入ってないからです。 「指導要領遵守が大事だ」ということは、このblogの冒頭(コンプライアンス云々)に出ていますので、それで反論の根拠になります。 もし、「そんな指導要領はおかしい」ということを主張されたいのなら、 そのように書いて頂きたかったですね。 - 最後のちょっと前の方に
インドや中国でのソフトウェア開発は今では広範囲に行われていますし、他の産業と同じように、今後は高付加価値の分野での競争は一層激化していくことは間違いありません。高品質、高機能のソフトウェア開発能力を持つことは日本という国にとって重要でしょう。
しかし、企業レベルのソフトウェアの開発の競争力は個々のプログラマーのプログラミング能力より、品質管理プロセス、業務分析力、創造力などであり、およそ高校の「情報」の中で教えられるようなものではありません。
- 最後に
確実なことは、「情報」であろうと何であろうと、必修課目だということできっちり履修を実施すれば、他の課目の履修は影響を受けるだろうということです。そんな暇があれば、数学、物理、歴史など長年にわたってカリキュラムが練り上げられた課目に力を入れたほうが、きっとソフトウェア産業の競争力も高くなるでしょう。情報処理学会はいったい何をどう考えているでしょう。
とあります。しかし、情報処理学会の提言範囲に「数学や物理や歴史」は含まれないというのが、会員全体の同意と思います。 もし情報処理学会が「日本のソフトウェア産業の競争力を高くするために、小学校から高校までの数学の時間を倍増する方がいい」のような提言を行なうとするならば、それは日本の教育システム全体に対して一つの学会が提言をせよということになります。御説ごもっともですが、情報処理学会は「情報処理」の学会であり、学校教育制度全体や、教員養成なども含めて提言できる立場にないと言えます。「情報処理学会はいったい何をどう考えているでしょう。 」の答になるかどうかはわかりませんが、情報処理学会ができる範囲(テリトリーという意味です)で可能な提言をしていると思います。
【補足】「数学や物理をちゃんとやって欲しい」という意見には、個人的には全面賛成で同意します。でもそれは、情報処理学会ではなく、日本学術会議などが提言を出して下さるようお願いしたいところです。
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