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2006年11月30日 (木)

「情報処理学会からの提言」への反応

未履修問題に対する情報処理学会からの提言について、あちこちからいろいろな反応が聞こえてきています。 私に口頭で述べて下さる方、メールで下さる方、私や奥村先生のblogにcommentやtrackbackを入れる方、 学会の公式ルートで御意見を下さる方だけでなく、そのようなことはせずに、御自身のblogなどで御意見を表明されるかたもおられます。 提言の題名をgoogleなどにそのまま入力してみると、そのようなblogを発見できます。

そのなかでも

ビジネスのための雑学知ったかぶり
どうして「情報」が高校の必修課目?
をみて、少し考え込んでしまいました。

このblogを書かれた方は、他のエントリーを見る限りは情報教育の専門家ではなく、報道の専門家のようです。 全体として批判口調ではありますが、合理的に書かれている文章だと拝読しました(題名で「必修」と「必履修」を間違えている点はスルーすれば)。

この方の御意見にちゃんと(感情的にならずに)反論できるに十分な事実の積み上げを行なうことが、次の我々の仕事なのかも知れません。

とりあえずいくつか指摘してみます。

  1. 冒頭に、
    高校で「自動車産業を守るために、ギヤボックスの構造くらい教えるべきだ」とか「為替業務も習わないから日本の銀行はダメなんだ」という話は聞いたことがありません。
    とあります。その答を考えました。 一般の人は、自動車を製造したり修理したりする必要はないが、文書を製造したり、修正したりする必要がある。 一般の企業で事務職についている人は、大量の文書を製造したり、大量に修正したりする必要がある。 一般の企業で事務職について勝ち残ろうという人や管理職になる人は、とても膨大な量の文書を製造したり、膨大に修正したりする必要がある。 ということです。
  2. その直後に、
    なぜソフトウェア産業は特別なのでしょうか。
    と書いてありますが、現在の高等学校の教科「情報」はソフトウェアを作ることを教育目標としているのではありません。

    情報処理学会・初等中等情報教育委員会の試作教科書は、 「国民全員がソフトウェアの製作方法を体験したことがある(例えば高校3年間の総履修時間合計3,000時間のうち8時間位)」ということを目指していますが、 「国民全員がソフトウェアを作る仕事を目指して授業を受けて欲しい」とは書いてません。 うまい例えになっているかどうかわかりませんが、 「何を食べるかを決める人は、一回くらいは料理の体験をして欲しい」というのに近いです。

  3. たとえば、
    「情報化社会の光と影」「情報社会で守るべき約束ごと」というのは、どちらかというと政治経済、倫理の教科内容です。「コンピュータの基本的な構造と動作原理」は技術家庭か物理、数学の範疇です。
    をみると、「他教科でできることを『情報』で実施することに反対」をされているように読めます。 しかし、実は「他教科でできること」でないことを、僕は指摘します。 公民の教諭(政治経済や倫理)や理科(物理)や数学の教諭は、現状では「情報化社会の光と影」「情報社会で守ること」「コンピュータの基本的な構造と動作原理」を教えません。理由は簡単で、指導要領にそれが入ってないからです。 「指導要領遵守が大事だ」ということは、このblogの冒頭(コンプライアンス云々)に出ていますので、それで反論の根拠になります。 もし、「そんな指導要領はおかしい」ということを主張されたいのなら、 そのように書いて頂きたかったですね。
  4. 最後のちょっと前の方に

    インドや中国でのソフトウェア開発は今では広範囲に行われていますし、他の産業と同じように、今後は高付加価値の分野での競争は一層激化していくことは間違いありません。高品質、高機能のソフトウェア開発能力を持つことは日本という国にとって重要でしょう。

    しかし、企業レベルのソフトウェアの開発の競争力は個々のプログラマーのプログラミング能力より、品質管理プロセス、業務分析力、創造力などであり、およそ高校の「情報」の中で教えられるようなものではありません。

    とあります。 まさにそのとおりです。 そして、「企業レベルでのソフトウェア開発の競争力」を身に付ける場所である「大学における情報の教育と研究」の前提を落していっているのが、今回の「『情報』未履修」であるといえます。
  5. 最後に
    確実なことは、「情報」であろうと何であろうと、必修課目だということできっちり履修を実施すれば、他の課目の履修は影響を受けるだろうということです。そんな暇があれば、数学、物理、歴史など長年にわたってカリキュラムが練り上げられた課目に力を入れたほうが、きっとソフトウェア産業の競争力も高くなるでしょう。情報処理学会はいったい何をどう考えているでしょう。
    とあります。

    しかし、情報処理学会の提言範囲に「数学や物理や歴史」は含まれないというのが、会員全体の同意と思います。 もし情報処理学会が「日本のソフトウェア産業の競争力を高くするために、小学校から高校までの数学の時間を倍増する方がいい」のような提言を行なうとするならば、それは日本の教育システム全体に対して一つの学会が提言をせよということになります。御説ごもっともですが、情報処理学会は「情報処理」の学会であり、学校教育制度全体や、教員養成なども含めて提言できる立場にないと言えます。「情報処理学会はいったい何をどう考えているでしょう。 」の答になるかどうかはわかりませんが、情報処理学会ができる範囲(テリトリーという意味です)で可能な提言をしていると思います。

【補足】「数学や物理をちゃんとやって欲しい」という意見には、個人的には全面賛成で同意します。でもそれは、情報処理学会ではなく、日本学術会議などが提言を出して下さるようお願いしたいところです。

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コメント

これ
http://www.ipsj.or.jp/12kyoiku/statement2006.html

なんかも読んでみて欲しいですよねー。

投稿: 久野 | 2006年11月30日 (木) 14:23

訪れる人もあまりない辺境ブログにご注目いただき感激です。私の意見はブログに尽くされているので、付け加えるのもナンセンスかもしれませんが、多少背景も含めもうしあげると:

1)数学、物理は情報処理学会の範囲外というのはその通りです。ただ、私は初等教育にみんながそれぞれの立場で、必要だと思うこと(たとえば、男だって料理くらい作れるべだ)を履修すべきだと主張した挙句、ただでさえ足りない授業時間が削られているという現状への問題意識があります。「情報」だけ槍玉にあげられるのは、お立場上不快かもしれませんが、本来は初等教育で学ぶべきことの優先順位付けが必要で、その結果省かれるものも出るのはやむえないだろうと思っています。

2)「ソフトウェア産業の競争力」と「情報」教育を結びつけたのは、「提言」の中で「このままでは「情報後進国」に転落」という文章から、文脈的に提言の内容を判断したものです。「初等教育の「情報」の習得が、大学教育の情報教育のレベルを上げ、それが日本の情報産業の力を高める」という趣旨なのかもしれませんが、「それは理想論または空論に近い」というのが私の趣旨です。おそらくこれには賛意を持たれないとは思いますが。

3)「現代社会にコンピューターが深く食い込み、そのために様々な問題も生じている、国民全体の「情報」への理解力を向上させることが大切だ」という問題意識(2005年後半から2006年初頭にかけての事件と
情報教育の関連に関するコメント)は理解できますが、これを高校までに教育するというのは教員の能力を考えても手に余るのではないかと思います。むしろ世間的な知恵として「コンピュータがやったことだからといって、何でも鵜呑みにするなよ」と親が子供に教えるのが良いのかもしれません。いずれにせよ必修(必履修ですか?)となると、考え込みたくなります。

4)おそらくどう頑張っても、限られた時間で教えられる「情報」の知識は「こういうことを伝えたい、教えたい」という思いからは遠いものにならざる得ないでしょう。また、本文の再説になりますが、情報、コンピューターはあまりに進歩が早く(10年単位で表層的な部分はがらっと変わってしまいます)、本質的な部分は難解です。初等教育での「情報」教育の位置づけは再検討が必要でしょう。

投稿: RealWave | 2006年11月30日 (木) 18:59

(1)高校の教科「情報」の時間はわずか2単位70時間です。それをやめて数学を2単位増やす方が本当に差し引きよくなると思いますか?私は疑問な気がしますね。

(2)コンピュータの原理がプログラムなりによる「手順」の実行である、という原理はこれまで何十年も変わっていないし、当分変わらないでしょうね。

(3)プログラムなり「手順的な自動処理」に接した体験を持つことでコンピュータに対する見かたが結構変わってくる、というのがこれまでの自分の見聞した結果です。そういうことをやる時間を取ってほしいわけです。

(4)情報技術と人間が接することでどういうことが起きるか、という情報社会・情報倫理・情報安全教育的側面は現在の公民科の中では扱ってないです。そういうものをある程度系統的に学ぶ時間としても「情報」は必要と考えています。

(5)国民の情報水準向上のために全員に「情報」で学んでもらうことは(3)と(4)で手一杯でしょうが、それでも一定の効果があるものと考えています。

まあ、私達が「こうだろう」と思うこととRealWave様が「こうだろう」と思うことに違いがあるのは当然だと思いますが、我々としては一応そういうつもりなわけです。

投稿: 久野 | 2006年11月30日 (木) 20:44

RealWave様

コメント書き込みありがとうございました。また、丁寧に御対応頂きありがとうございます。一つ一つにコメントを入れると、フレームになりますので、今回は、今日夕方の御意見の一部についてコメントします。

(1) WiKiPediaに、中学校3年間の総授業時数の施行年度毎の推移がわかる資料が出ていました。本当は高校のをすべて調べないとまずいのですが、参考になると思いますので掲示します。

・1971年〜 3年間で合計3535コマ
・1980年〜 3年間で合計3150コマ
・2002年〜 3年間で合計2940コマ

このように、コマ数全体が減っていることに対して改善を求めずに「高校の『情報』をやめてしまえ」と御主張されるのはなぜでしょうか?

(2) RealWaveさんのblogの最後の部分に【数学、物理、歴史など長年にわたってカリキュラムが練り上げられた課目に力を入れたほうが、きっとソフトウェア産業の競争力も高くなるでしょう。情報処理学会はいったい何をどう考えているでしょう。 】とあります。

でも、情報処理学会は、「情報処理」の学会でありますから、「『情報』の推進」を主張することは当たり前です。情報処理学会が「情報未履修問題が多いので、高校の『情報』をやめてしまうべきだ」「数学や物理や歴史を増やせ」という自殺提言をするはずがありません。そんな提案をする方が関連学会としてどうかしていると思いませんか?

最後の文を『情報処理学会の提案は、社会に合致していません。無視しましょう。』と主張されるなら、RealWaveさんのイイタイコトの筋は通るでしょう。

いい例えになっているかわかりませんが、「『肉をもっと売れ』と言わないあの八百屋は、いったい何をどう考えているのでしょう。」という主張は、主張そのものが変だと思いませんか?「野菜なんて食べなくたっていいんだ。あの八百屋は無視しろ。」という主張なら、イイタイコトとしては筋が通りますけど…。

(3) 日本では、従来の大学における情報教育の現場で、他国、例えば韓国の中学生〜高校生程度の授業を行なってきました。今回施行された新課程を履修してきた学生が圧倒的多数になる2007年度以降は、大学でワープロ・表計算の使い方を教えるのではなく、やっと利害調整や法令遵守が何故必要か、あるいは上流工程やマネジメント管理を、学部1年生レベルで教えられる日が来るのかも知れないのです。でも、高校での「情報未履修」が永遠に続くようでは、それは無理で、また大学でワープロ・表計算をつづけることになるのでしょうかね?

投稿: たつみ | 2006年11月30日 (木) 21:42

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