「塾禁止」という主張も、座長が言うなら聞き流せない
朝日新聞2006年12月23日配信の記事によれば、野依良治氏が、自ら座長をつとめる政府の教育再生会議で、「塾禁止」を主張しているとのこと。
- 「塾は禁止」 教育再生会議で野依座長が強調
- http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY200612230248.html
- 2006年12月23日22時55分
記事内容で引用されている議事要旨には、
「塾はできない子が行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだ。公教育を再生させる代わりに塾禁止とする」と再三にわたって強調。「昔できたことがなぜ今できないのか。我々は塾に行かずにやってきた。塾の商業政策に乗っているのではないか」と訴えた。とありました。
これは、大変おかしな話だと思います。「例え」で比較するのは良くないことだとは思いますが、
- 参考書・学術書はできない子が読むためには必要だが、普通以上の子供は参考書・学術書禁止にすべきだ。検定教科書で十分だ。
- スポーツクラブは運動ができない子には必要だが、普通以上の子供はスポーツクラブ禁止にすべきだ。学校の体育の授業で十分だ。
- 音楽教室は音痴や演奏下手な子は必要だが、普通以上の子供は音楽教室禁止にすべきだ。学校の音楽の授業で十分だ。
もし、
- 参考書なんか買わなくても検定教科書で十分といえるように、充実した検定教科書を作ろう。
- スポーツクラブに行かなくても十分といえるように、学校の体育の授業を充実させよう。
- 音楽教室に行かなくても優秀な音楽家になれるように、学校の音楽の授業を改善しよう。
「外部の意見を聞くことが大事だ」ということは僕も理解しますが、ノーベル化学賞を取った人が塾制度について述べても素人の意見でしかないと思います。しかし、これは教育再生会議という政府の会議の座長の意見ですから、これが議事録に残って、さらに報告書に記載されれば、そこから立法に回り、やがて法的拘束力を持つのです。これが、誰が見ても政治的に偏っている人や、特定の宗教を盲信している人のアンバランスな意見なら、「無視すればいいじゃん…」で聞き流すことができますが、「塾禁止」という主張も、座長が言うなら聞き流せないのです。
権威を利用して専門家より強い立場で発言してねじ伏せる権威者よりも、権威を利用して専門家に自分の意見を聞いてもらって納得してもらう権威者の方が尊敬されるに決まってます。(専門家も、権威のない人の意見をマトモに聞こうとしてくれないです。これは専門家の問題点です。)
「塾禁止」なんていうよりも、高所得者の税率を上げ、その分を義務教育に使い、貧しくて給食費も払えず、文房具も買えない子ども達への教育を支援する(ちゃんとパソコンも買ってね。ディジタルデバイド解消も必要です。)ことの方がよっぽど重要だと思います。
ところで…、僕は以前、神戸大学発達科学部の教員をしていました。発達科学部は、主に教育学部を改組して出来た学部なので、神戸大学教育学部に関する話題はすぐに耳に入りました。野依良治氏がノーベル化学賞を受賞したとき、氏の母校が神戸大学教育学部附属住吉小学校であることを聞きました。その後、氏は灘中学、灘高校を卒業して、京都大学理学部に入学しています。進学実績では塾みたいな小学校、中学校、高校を卒業されたわけです。
【追記】僕の意見の中心は「政府の会議の座長の発言は法律に影響を与えるので、もっと考えてモノを言って欲しい」「法的拘束力で、教育や学習を制限すべきでない」ということです。誤解されそうなので、慌てて追記。
【追記2】
非常によく書かれているblogを見つけましたので、 リンクを張ります。
- 論理破綻し、滅茶苦茶な野依良治座長の発言
- http://supplementary.at.webry.info/200612/article_5.html
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コメント
もしかしたら,教育基本法改正や教育再生会議を利用して右寄り政策を進める政府の動きを攪乱するための深慮遠謀かもしれない・・・
投稿: okumura | 2006年12月24日 (日) 09:54
TBありがとうございました。
私は別に塾に行くことを推奨しているわけではありませんが、
「できる」分野を伸ばしてやることのどこが悪いのか理解できません。
できない子のために塾が必要という考えも理解できません。
それこそ公教育の責任放棄と言うべきです。
投稿: KGR | 2006年12月24日 (日) 21:07
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/kaisai.html
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/2bunka/dai3/siryou2.pdf
これの実行に際して塾通いで忙しい子供は自由な時間がなくなってしまう、という文脈があります。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/2bunka/dai3/3gijiyoushi.pdf
確かに野依さん自身、塾は不要だと考えているようですが、塾禁止というフレーズが一人歩きしているような印象ですね。
投稿: deph | 2006年12月24日 (日) 21:53
TBありがとうございました。わたしもこのニュースを見て早速議事要旨を読みました。
塾を禁止するという人権の尊重を理解しない発言に、できる子・できない子という切り分けが絡めて語られていたり、「昔は塾などなかった」という単なる懐古的な思いに対して、事務局や周囲が止めないどころか賛同していることが問題ですね。
「改正」教育基本法が成立してしまってから、これらの議論に基づいて下位法や運用などの物事が決まっていくことが明らかになるという(まさか塾は禁止されないと信じたいですが)そのやり方も納得できません。
投稿: Rolling Bean | 2006年12月25日 (月) 07:54
「追記2」のリンク先って、「よく」書かれてますか?
揚げ足取りというか、野依座長が言っていないこと(「昔は塾禁止だった」などとは言っていない)を出発点にしてあさっての方向へ論理展開しているようにしか見えないんですが。
野依座長は単に「俺は塾に行かずに東大に入った」と言っていて、その「俺は」を無理に敷衍しているだけでしょう?
投稿: 三浦 | 2007年1月 3日 (水) 14:57
三浦さん、こんばんは
正月に体調を少し悪くしていたので、お返事のタイミングを逸してました。で、件のリンク先ですが、やはりよく書かれていますよ。あの事件について書かれたblogをたくさん見ていくと、調べるべきところは調べてあると思います。もちろん、書いた人の持論(自論?)に持っていこうとしていることは読めますが、他と見比べると、よくできてます。
投稿: たつみ | 2007年1月 7日 (日) 02:14