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2007年1月 5日 (金)

高校生の学力不振を解決するには

今日(1月5日)、情報科教育法に関係している教員を中心として情報交換の会を行なった。まあ、話題はいろいろあったのですが、その中で「『今の高校生、大学生の学力が昔と比べて落ちている』は本当か?」という話も出ました。そこで、僕がある記事を思い出し、その場で紹介してみました。

どなたが内容を掲載して下さったのかは存じませんが、

の記事を是非御覧下さい。

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コメント

ああ、この記事ではないですが、学校の会議というものも、変わらないところでは数十年形変わっていませんよね。つまり、生徒だけでなく、教員も保護者も地域の人も含め、学校の組織としての在り様が問われていると思います。

投稿: だきわ | 2007年1月 6日 (土) 20:11

だきわさん、こんにちは

記事の内容に偏りがあるとかないとか、もちろんそういうところも見て頂きたいなーとは思いますが、面白いなぁと思ったのは「近頃の若い人は」は昔からいわれているという話が、ここでも現れているんだなってことです。人類共通の意図的に避けないといけないバイアスみたいなものかもしれません。

それからリンクをたどって記事を全部御覧下さい。家庭教育の問題についても、昭和33年に指摘されてしまってます。

投稿: たつみ | 2007年1月 7日 (日) 13:15

 そうですね、原因は農作業ってとこでちょいと切実(うちの母も同じ状況でしたから。)ですが、家庭のことまで同じように言及してあるってのは、私の感じるところでは、もはや待ったなしで変わるしかないってことでしょう。で、年代的にこのころ高校生だった人は、既にリタイアしてしまった人ばかりですね。何とかなるってことなのか、こうだった人の子や孫世代がおなじことをやっているってことなのか。

 僕自身は今現在教科「情報」という枠からはみ出していて、学校の組織のあり方に興味(というか疑問)を持っていて、辰己さんがやっている高校と大学の教員の連携(Partnershipかな?Collaborationだと別の意味を持っちゃっているから。)をテーマに細々とですが、色々調べたり考えたりしてます。
その学びの過程でとある先生に教えてもらった20年ほど前の職員会議の風景です。僕はこれも同じ根っこだな、と思います。参考までに。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kenshu/05031101/001.pdf
P151より
<職員会議の風景>
「月1回、定例の職員会議の日。職員室への参集するよう放送が流れる。しかし、行事を目前にひかえ、その準備や連絡のためか職員の集合は遅れがちである。再度、職員会議の開始を告げる放送が流される。まだ、2、3名の教師が揃わないが、定刻10分過ぎ、来月の月中行事の説明から職員会議は始まった。各係から、行事の実施案について、細かく提案。ほとんど昨年通りの内容であり、自分の役割について確認。質問らしい質問も出ず、淡々と会議は進み、5時15分過ぎ審議終了。最後に校長より感想、ねぎらいの言葉があり、解散。そそくさと帰りの準備を始める教師。今日の議題の連絡調整に走る教師。
やがて、職員室から1人、2人と人が消えてゆく。…提案者以外、ほとんど発言がない。あってもいつも同じ人しか発言しない。行事の運営について不満や疑問がうずまいているようなのに、それは、職員会議というような公式の場では、出てくることはない。係の人の負担が増えるのではないかと遠慮して、黙っていたり、自分に関わらない仕事では、勝手にすればよいと、傍観的立場でしか見ようとしない教師も多い。また、限られた時間の中で行われる職員会議では、問題点を指摘しても先送りされるだけで、ほとんど何も改善されないというあきらめの気持ちがあるかもしれない。」 左尾充俊「校内意思形成における職員会議」
(堀内孜編(1993)『教師と学校経営』第一法規)

http://www.nier.go.jp/kazu/heiji.html
http://www.nier.go.jp/kazu/

投稿: だきわ | 2007年1月 7日 (日) 13:47

20年前ですが、隣の校区にあった中学校では「農繁短縮」なる時間割が設定されていました。

土地の名産として生産している作物(某根菜類)の収穫作業は、稲のように機械化されておらず「人力」で行われています。
そのため、収穫期には一家総出の大規模作業となり、学校もそれを優先させたようです。

収穫は梅雨前のため、その中学校では農繁期と終業前、2回の短縮がありました。

現状は分かりませんが、昔ながらの「繁忙期は仕事を優先」として学校を休ませる名残を感じました。


>職員会議

今も同じようなものかと思います。
私が常勤として勤めた時期、やはりそのような職会に悩んだものです。

議事進行中、意見するのは「管理職の権限」かのような空気を感じることがありましたが、それでも1度だけですが審議事項で「曖昧な表現への質問」をしたことがあります。

ほんの些細なことでも、質問・意見しにくい空気を感じました。
かといって不明点を「あやふやにする」と、決定後に審議結果と異なる展開に発展する恐れもあり、議事の場で明確にする必要があると考えた上でのことでした。

推測ながら、職会は校長・教頭・事務長が全職員に「周知する」場のようです。
そして、実際の審議は職会の前に、管理職・主任・部長で行われる「校務運営委員会(校運)」で、全ての筋書きが決まっているようでした。

職会と校運って、「国会と閣議」のような関係なのでしょうか。

投稿: はたやん | 2007年1月 8日 (月) 01:19

ええ、今でも同じ姿です。そこを感じていただけてありがたいです。
だって私も含めて教員は会議のやり方なんて学ばずに現場に放り込まれるのですもの。
#あ、辰己さんのブログ30000ヒット私でした。

投稿: だきわ | 2007年1月 8日 (月) 16:52

 だいぶ時間が経ってからの書き込みになりますが…。
 昭和33年といえば、占領軍による生活学習主体の教育への反動が出だした時期ではなかったかと思います。
 たとえば、wikipediaでは「1958(昭和33)年頃から子どもの学力低下を背景に、安易な児童中心主義として問題解決学習が批判され、系統学習が見直されるようになってきた。」という記述があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%BB%E7%B5%B1%E5%AD%A6%E7%BF%92
(wikipediaの信憑性は横におきます)
 この、系統学習と生活学習のせめぎあいは、今の「ゆとり教育」バッシングにもつながるのではないかと思っています。

投稿: とうま | 2007年1月17日 (水) 15:10

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