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2008年7月31日 (木)

教科「情報」をよくする二つのキーワード?

blogを書いている暇もないほど忙しいのですが、気になったことを簡単にメモします。

今日は、某所で開催されたいくつかの高等学校の「情報科」の先生と、某大学の情報科学・情報工学系の教員の集まりにお客さん的に参加しました。そこでいろいろな話を聞いたり、議論したりしたのですが、「(1) 『情報』が役に立ち過ぎる教科・科目であり、よくない」ということが、本当に深刻な問題になっているのだなということが、僕の中に強い印象として残りました。

あと、すでに何度も紹介している言葉ですが、「(2)大の大人の情報リテラシー」という言葉も、やはり重要だと思います。

たぶん、いまの高等学校の教科「情報」をよくするために必要なキーワードは、この二つ、つまり(1)(2)に集約されてしまうのではないかと思ったりもしています。

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2008年7月29日 (火)

放送大学における今後の放送メディアの在り方って?

僕は普段から政府の「意見募集中案件一覧(パブリックコメント募集中の一覧)」を巡回をするスクリプトを定期的に動作させています。今日、放送大学に関するある文書がパブコメにかけられているのを発見しました。

ここ↑の「報告書案」をぜひ御覧ください。なお、8月1日を過ぎると見ることができなくなるようなので、興味をお持ちの方はお早めに!(なお、誤解がないように書いておきますが、放送大学の中の人から「このパブコメがでていること」を教えてもらった……ということはありませんからねー。)しかし‥パブコメ募集中の割に、締め切りまでの期間が短すぎますー。

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スタートが遅れればゴールも遅れる

政府直下の、つまり、内閣の下にある教育再生懇談会が2008年7月28日の会合で、「国語・英語・数学の教科書のページ数倍増」を提案する方向にはいったという報道が流れています。この報道内容を見て、すぐに教科書のページ数が増えるという勘違いをする人がいますが、実はそうではありません。この提言を出した教育再生懇談会は、政府の委員会であり行政の委員会ではないのです。たとえば、中央教育審議会は行政側(文部科学省)の委員会であることと対照的です。(なお、どちらにも慶應の安西塾長=情報処理学会の前会長が参加されています。)つまり、政府の委員会が出した提言は、それはそれなりに重要ですが、行政側の委員会が出したものと比べると扱われ方が違うということがいえます。この辺は政治と行政との微妙な違いを感じないとわかりにくいとは思いますが、基本的に「政治は、今の法を変えること、いまの法でうまくいかないことを探す、つまり立法行為」のが役割であり、一方で行政は「いまの法を守ること」が役割です。大規模な変革には政治の力が不可欠ですが、その内容を押し切るには、これまた政治への有権者の信頼が不可欠です。教育再生懇談会が大胆な提言をしても、行政側の人がそれを納得して法が変わることをヨシとするかどうかはわかりません。もし、ヨシとする雰囲気がないのに政治が法を無理矢理変えると、次の選挙が恐い…ということになるで、強引なこともほどほどに…というのが現状のように思いました。

ところで、当該記事を読み進めていくと、さらに「携帯電話の有害サイトから子どもを守るために、PTAなどが通話機能に限定した特定機種の使用を推奨すべきだ」などの意見が出たとのことです。ここまできて、アレアレ?と思ってしまいました。

教科書のページ数増大を提言されている教科・科目に「情報」は入ってませんね。一方で、子どもたちは「携帯電話の有害サイト」(←あえてカギ括弧)から守られるようにすべきだというのは、話が矛盾してませんかね?保護者も子どもも、自らが情報を判断する能力を涵養するためには、広い意味での情報教育をもっと充実させる必要があると思います。国語・英語・数学のような知識・理解を中心とした教科も重要ですが、「情報」系の教科・科目のように、知識、理解のみならず、態度、思考、判断も必要とする、いわゆる「科学」を指向する学習を整備しない限りは、「携帯電話の有害サイトから子どもを守る」ために、毎度毎度携帯電話事業者と、コンテンツプロバイダーと、サイト運営業者に規制をかけ続けざるを得ない状況が、今後もずっと続くことになります。

情報教育を充実させたら、すぐに判断能力が向上するとは思えませんが、もし「今から変革をはじめると、20年かかる」のならば、「今から10年後に変革を始めると、今から30年後にしか実現しない」と言えると思います。

とはいいつつも、そもそも「情報教育が初等中等教育の世界でほぼ「忘れ去られた存在」になってしまっていると言うことが、この提言に情報教育が現れていない大きな要因かも知れません。『下らないパソコン教室みたいな授業』と揶揄されつつもそれしかやろうとしない現状を変えない人達が、実は改革を遅らせているのかも知れません。

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2008年7月24日 (木)

gmailをお使いのみなさまに質問

最近、僕のgmailの受信画面の上部に出ている広告(ウェブ クリップ)が変なのですが、それは僕だけなのでしょうか。

mixiのアカウントを大量に作る方法を宣伝しているサイト
mixiを題名に含むメールがあるから?
あやしいバーの広告
そのバーがある街の名前を題名に含むメールがあるから?
「男の心理」がわかる、メールをもらうための秘策広告サイト
情報セキュリティに関するメルマガをとっているのですが、そのメルマガの増刊号(広告しか載ってない)の題名に「あなたの結婚レベル無料診断」とあるから?

他にも、ほんとうに怪しいサイトのスポンサーリンクが増えています。googleのチェック機能が追い付いていないのかもしれませんね。

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2008年7月17日 (木)

「高校生と携帯電話で変わる モラル教育の情報化」(ILAカンファレンス2008@大阪工業大学)

【おしらせ】申込受付中です!


以前から僕が関わり続けているNPO「インターネットラーニングアカデミー」(Internet Learning Academy) 、通称「アイラ」(ILA)では、毎年「アイラカンファレンス(ILA Conference)」という企画をしています。今年のILAカンファレンス2008のテーマは「〜コンテンツデリバリを支える世界〜」なのですが、僕が担当している教育の情報化分科会では、8月4日午後に「モラル教育の情報化と携帯電話の使い方」に特化した企画を考えることになりました。(ちなみに「情報モラル」ではなく「モラル教育の情報化」としているところが、よその研究会などとの差別化なんです。)

概要は以下の通りです。大阪から遠くない方、ぜひ御参加ください。

セッション名
「高校生と携帯電話で変わる モラル教育の情報化」(ディスカッション)
日時
2008年8月4日(月曜) 14:00-16:30
場所
大阪工業大学 大宮学舎 1号館 情報演習室 2
大阪府 大阪市 旭区 大宮5丁目 16の1
演者(各30〜40分程度)
大阪府立松原高校 情報科 浜崎 眞吉 教諭 
大阪府立桃谷高校 情報科 野部 緑 教諭
千里金蘭大学 中野 由章 准教授
司会
辰己 丈夫 東京農工大学/ILA教育の情報科分科会
概要
情報機器の普及にともない、児童・生徒・学生に求められるモラルの質が変化してきています。いわゆる「情報モラル教育」という名前で、この分野を高等学校では情報科の教員が、中学校では技術科の教員が担当することが当たり前になりつつあります。しかし、情報モラルの教育では、情報工学や情報技術は背景として極めて重要でありますが、主役ではありません。

一方、携帯電話を利用した児童・生徒対象の事件・事故が相次ぐ昨今、保護者へのフィルタリングの義務化など、さまざまな問題解決の案が考えられています。

このセッションでは、生徒たちが情報リテラシーを身に付けつつある現在、モラル教育がどのように変わっていくべきかについて、大阪府内の高等学校における情報モラル指導の実例を紹介頂きながら、「モラル教育の情報化」とも言うべき情報モラル教育と呼ばれている分野におけるICT活用をさぐっていきます。

参加費用(資料代として)
500円
参加申し込み
ILAカンファレンス2008公式ページの記載に従って、メールあるいはPDF印刷→FAX送信などでお願いします。
(公式ページには7月19日申込締切とでていますが、本セッションについては、期日を過ぎても全然OKです。)

PS: 他にもさまざまな行事を用意しています。そちらにもぜひ御参加ください。

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2008年7月16日 (水)

東京情報大学・千葉県立柏の葉高等学校 高大連携プログラム「情報教育研究フォーラム2008」

東京情報大学と、千葉県立柏の葉高等学校が、高大連携プログラムとして実施している「情報教育研究フォーラム2008」にて、8月27日(水)に「情報モラル・情報倫理・情報危機管理教育の発達段階へのマッピング」という題名で講演をさせて頂くことになりました。

僕の講演以外にもたくさん企画があるようです。概要やその他の情報は、

を御覧下さい。御来場をお待ちしています。

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2008年7月 9日 (水)

XP SP3へ変更しようとしたら…

近々、Windows XP では、SP3 への強制変更が行なわれるとのことで、いままで使用していたPCのうち、意図的に SP2 のまま Windows Update を続けていた PC(vaio PCV-MXS2)へ、更新作業を行なうことにしました。

が!なんと、「C: のディスク容量が不足している」といわれちゃいました。ちなみに、購入当初から C: が 9GB で、 D: が 65GB に切られていて、まったく変更していないのですが、このPCには初期状態で入ってるアプリが多く、しかも、よく使っているので削除できません。

とりあえず「ディスク・クリーンアップ」を使用して C: を空けることにしました。でも、ツールの設計とか、まったく駄目だなぁと思いました。

Windows にはまったく詳しくない僕は、このあとどうすればいいのか、よくわかっていません。いままでに当てたパッチとか、他にも「もう消していいファイル」がたくさん C: にあるはずなんですが、どうやれば消せるのだろう。


【追記】SP3にしたことが原因なのかどうかはわかりませんが、SP3にしたら、.wavの関連アプリケーションが、 Windows Media Player に変えられていました。なんだよそれ。

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2008年7月 8日 (火)

「別解を認めるか?」の議論についての議論

昨年12月の奥村先生のblog記事の「長方形の面積公式を『縦×横』なら正解で『横×縦』なら不正解」という話に端を発した話題がありました。そして最近、それと同種に見える話題が、はてブで発生していて、またたくさんのコメントがついています。

この件について、まだ上手くまとめられてないのですが、2つ気になっていることがあります。

[1] たとえば横×縦を許容しない教師がいたら、そんなダメ教師の論法はスルーして、それに合わせた答を書いてあげるのが本当にできる子どもだとよめる意見がありました。それはその通りなのですが、その立場で見ると「教えてもらったらできる子ども」は救われないことになります。

「先生だって間違っていることもある。間違っていることを先生に指摘すると自分の身が危うくなる。それなら、あえて喧嘩するようなことをするな。」ということが『生きる力』の一つだとするならば、そういう「世渡り」は、小学生や中学生に教えるべきことなのでしょうか?「世渡り」に限らず、役に立つことしか教えない、さらに、役に立つこと以外を嫌う風潮が跋扈したことが、理科離れ・数学離れを招いているのではないでしょうか?「プロジェクトマネージメント」「世渡り」のような利害関係の調整みたいな話は、早くても高校程度からやって欲しいです。

小学校の理科や算数で学ぶことの多くは、すぐに役立つ知識ではないのですが、それを学ぶことで、将来、科学の考え方、論理的な考え方が身に付き、自然や数学への興味を涵養するのです。

ところで、教育課程審議会 第7回 総会議事要旨 1997/01/23を見ると、全日本中学校長会側の委員らしい人から

例えば数学の2次方程式が全員の生徒に解けるようになる必要があるか。中学校3年の内容の中には、生徒にとってついていけないものもあり、個々の内容については議論があろうが、思い切って削減する必要があるのではないか。
という発言があり、これに対して別の委員から
例えば物理にとって2次方程式は基本的なものであり、教科の内容を見直すときには、その教科だけでなく、他の教科とのつながりを考慮する必要がある。
という反論があります。元の委員が言いたいことは「これは今の子どもには難しい」ということであり、それに対する反論は「でも必要だからやるべきである」ということだとまとめることができるでしょう。

このやりとり、「わかりやすいか」vs「役に立つか」の戦いになっているように思います。僕個人としては「方程式の求解という行為は、直接に日常生活の役には立たないが、考え方の基本を身に付けるために学ぶべきであろう」、ぶっちゃけ、「数学や理科なんて、毎日の生活にすぐには役立たねぇんだから、そんな観点で議論するなよ」って思っています。そこを「役に立つかどうか」の観点で語るから、上に述べたような「世渡り重視」→理科離れ・数学離れを引き起こすことになっているように見えるのです。

[2] はてブ のコメント欄を見ていると、いかにもはてブ利用者らしいコメントがたくさん並んでいます。でも、それって日本の高校生や中学生、あるいはそれに関わっている人の極く一部の感覚に過ぎないと思うんですけど、どうなんでしょうかね?

僕が、「「授業の最適化」への私論」(2008年6月7日)で取り上げた【授業を最適化したい高校生君】と、それに祭のようにコメントをつけていった人達の感覚は、共感できるところも、そうでないところもあるけれど、いずれにしても「はてブ人」の集団、あるいはbloggerな集団の意見に過ぎないです。これを上手くまとめていく人が登場すれば、おもしろいなぁと思って注視していますが、一方で、あの話を進めていくと、ICT慣れができない環境(財政困難な自治体や教育を軽視する自治体に住んでいて、かつ、自宅にPCがない)の子どもたちとの教育格差は増大するでしょう。また、情報化の対象となる学習領域との向き不向きについても、はてブ人達は「気にしないでやっちゃえ」的な結論に走りそうで、読んでいて恐いと思いました。

それから、はてブに件の記事の最初を書いた人(そのblogの持ち主)は、自分にとって新鮮な発見だったから はてブ に書いたんだろうと思いますし、反応した人達も『祭』を作り上げて議論を楽しんでいたのだろうと感じましたが、件の記事は2008年7月3日に立てられていて、奥村先生のblog記事は2007年12月12日に立てられていたのです。ああ、歴史は繰り返す。


【追記】最後の「祭」の部分ですが、なんとなく「マネーゲームで原油高騰」みたいな話に似ている構造をもっているような気がしてきました。bloggerは議論ゲームをしていて、そのゲームのせいでトバッチリを受けちゃっている人がたくさんいる…ってことです。まだちゃんと分析してないのでなんとも結論付けまで至りませんが。

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