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2008年7月29日 (火)

スタートが遅れればゴールも遅れる

政府直下の、つまり、内閣の下にある教育再生懇談会が2008年7月28日の会合で、「国語・英語・数学の教科書のページ数倍増」を提案する方向にはいったという報道が流れています。この報道内容を見て、すぐに教科書のページ数が増えるという勘違いをする人がいますが、実はそうではありません。この提言を出した教育再生懇談会は、政府の委員会であり行政の委員会ではないのです。たとえば、中央教育審議会は行政側(文部科学省)の委員会であることと対照的です。(なお、どちらにも慶應の安西塾長=情報処理学会の前会長が参加されています。)つまり、政府の委員会が出した提言は、それはそれなりに重要ですが、行政側の委員会が出したものと比べると扱われ方が違うということがいえます。この辺は政治と行政との微妙な違いを感じないとわかりにくいとは思いますが、基本的に「政治は、今の法を変えること、いまの法でうまくいかないことを探す、つまり立法行為」のが役割であり、一方で行政は「いまの法を守ること」が役割です。大規模な変革には政治の力が不可欠ですが、その内容を押し切るには、これまた政治への有権者の信頼が不可欠です。教育再生懇談会が大胆な提言をしても、行政側の人がそれを納得して法が変わることをヨシとするかどうかはわかりません。もし、ヨシとする雰囲気がないのに政治が法を無理矢理変えると、次の選挙が恐い…ということになるで、強引なこともほどほどに…というのが現状のように思いました。

ところで、当該記事を読み進めていくと、さらに「携帯電話の有害サイトから子どもを守るために、PTAなどが通話機能に限定した特定機種の使用を推奨すべきだ」などの意見が出たとのことです。ここまできて、アレアレ?と思ってしまいました。

教科書のページ数増大を提言されている教科・科目に「情報」は入ってませんね。一方で、子どもたちは「携帯電話の有害サイト」(←あえてカギ括弧)から守られるようにすべきだというのは、話が矛盾してませんかね?保護者も子どもも、自らが情報を判断する能力を涵養するためには、広い意味での情報教育をもっと充実させる必要があると思います。国語・英語・数学のような知識・理解を中心とした教科も重要ですが、「情報」系の教科・科目のように、知識、理解のみならず、態度、思考、判断も必要とする、いわゆる「科学」を指向する学習を整備しない限りは、「携帯電話の有害サイトから子どもを守る」ために、毎度毎度携帯電話事業者と、コンテンツプロバイダーと、サイト運営業者に規制をかけ続けざるを得ない状況が、今後もずっと続くことになります。

情報教育を充実させたら、すぐに判断能力が向上するとは思えませんが、もし「今から変革をはじめると、20年かかる」のならば、「今から10年後に変革を始めると、今から30年後にしか実現しない」と言えると思います。

とはいいつつも、そもそも「情報教育が初等中等教育の世界でほぼ「忘れ去られた存在」になってしまっていると言うことが、この提言に情報教育が現れていない大きな要因かも知れません。『下らないパソコン教室みたいな授業』と揶揄されつつもそれしかやろうとしない現状を変えない人達が、実は改革を遅らせているのかも知れません。

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