「二進数」ではなく「二進法」
まず、「〜〜数」というときは、それは「数」か「数の集合」か「数の集合を定義づける性質」を表すのであって、「数の表記」を表すものではない。例えば、ネピアの数や、オイラー定数などは、性質ではなく数そのものを指す言葉である。また、 1/3 を十進法で書くと 0.33333... となるが、三進法で書けば 0.1 で終る。つまり、何進法を用いているかで表現は異なる。このように「有理数」を「整数同士の比の値になり得る数」と定義しておけば、何進法で書いているかによらず、数の性質としてその数を定義付けることができる、といえる。他にも、フィボナッチ数といえばフィボナッチ数列の中に登場する数のことであり、「数」としての性質である。メルセンヌ数も同じことがいえる。
だが、「情報」の教科書にはしばしば「二進数」や「2進数」「十進数」「10進数」という言葉が登場する。特に「10進数の53を、2進数に変換せよ」というのは、上に述べたことからすると全く意味不明だ。おそらく、「10進法で53と書かれる数を2進法で書け」という設問のつもりだろうけれど、こんな言葉使いでは、数値と数表記の独立性を混乱させてしまい、ちゃんと教えておけばわかる生徒でも、わからなくなってしまう。(もちろん、僕が関わった教科書には「2進数」「10進数」という言葉は(例外を除いて)でてこない。)
さて、文部科学省のサイトにある「新しい学習指導要領」を開いて、「進数」で検索すると0件、「進法」で検索すると1件見つかる。でも、「進法」は数学の指導要領のところにあるだけだ。このことから、学習指導要領の「情報」の部分を書いた人達は、上記のことがわかっているんだろうな…と思っていたのだが、よく見るとそれは僕の早合点でした。既に説明会で配布されている「情報」の学習指導要領解説の暫定版を見ると「進数」が1箇所生き残っていた。で、もう少し調べてみたらこうなりました。
進法 | 進数 | |
数学 指導要領 | 1 | 0 |
数学 指導要領解説 | 9 | 0 |
情報 指導要領 | 0 | 0 |
情報 指導要領解説(暫定版) | 0 | 1 |
ちなみに「情報 指導要領解説(暫定版)」の1箇所は、「社会と情報」の情報のディジタル化にある「2進数による表現」。(実は、現行学習指導要領解説を見ても、「情報C」に「2進数」が2箇所、「10進数」が1箇所ある。)でも、今までの流れを見ると明らかに「2進法」と書くべきところを「2進数」と書いているようだし、それに、数学と情報は連携も必要なので、(暫定版)がとれるときには、ここが「2進法表記」になっていることを祈るのであります。
ついでに、 wikipedia へのリンクも張っておきます。
「指導要領解説」にはパブコメ制度がないので、ここ(ブログ)に書いてみました。
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コメント
「分数」「小数」はどうなんでしょう? 数のカテゴリを表すのではなく表記法を表すのですが…
「2進数」は教育的に望ましくない用語であるという主張には私もおおむね賛成なのですが,「分数」「小数」の例を考えると,「2進数」批判のためにはさらに強い理論武装が必要ではないかと,最近になって思えてきました.
投稿: boiseweb | 2009年7月24日 (金) 01:01
分数は、有理数と同義で、比の値で表現可能な数ですよね。
小数は、実数と整数の差集合の元のことではないでしょうか?
いずれも、何進法かに依らないと思います。
投稿: たつみ | 2009年7月24日 (金) 01:07
たつみさんの解釈に不同意です.「分数」は有理数の表記方法を指す呼称,「小数」は実数の表記方法を指す呼称というのが私の解釈であり,また,これらの言葉を使う多くの人のセンスに一致すると考えます.
私の意見のポイントは,「小数」「分数」は「~~数」という表現が数表記の呼称に使われる例になっているので,「~~数」は数表記の呼称には使われないという主張には留保が必要である(したがって「2進数」を排除するには別の論拠による主張の補強が必要)ということです.
投稿: boiseweb | 2009年7月24日 (金) 01:52
boisewebさん、こんにちは
確かに、「小数」を表現の意味で、すなわち位取り記数法(小数点つき)の表現を「小数」と認識している人は多いでしょうし、そういう意味で使っている人も多いと思います。分数もしかり。「帯分数」なんて、完全に表記の問題ですよね。(例題:帯分数 ほげほげ を 仮分数 に直せ。)代数学の世界では「繁分数」「連分数」なぁんてのもありますね。
ちなみに、wikipediaで調べただけなので、正確かどうかわかりませんが、英語で「小数」の概念はないようで、オンライン辞書などで引いてみると decimal が出てきます。
一方、「分数」は「A fraction (from the Latin fractus, broken) is a number that can represent part of a whole.」となっていて、「なんとかnumber」ではないけれど、説明が「a number」でした。
で、いろいろ思ったのですが、この「分数」「小数」の言葉の使い方が、実は、概念を理解しにくい原因になっているのかもしれません。ちゃんと調べてみないとわからないんでしょうけれど、例えば分数同士の「通分」が難しいのは、『分数』に表記の統一という概念が入ってくるからではないかと。
問1 次の計算をせよ。
1/2 + 1/3
問2 2を分母とする分数の形で表された 1/2 の値に、3を分母とする分数の形で表された 1/3 の値を加えなさい。
小学生には、明らかに問1の方がわかりやすいと言い切っていいのかな?
投稿: たつみ | 2009年7月24日 (金) 11:03
1/√2も「分数」と呼ぶことがあるので,有理数とは限定しきれないような気がします。
投稿: わたやん | 2009年7月24日 (金) 13:49
「〜数」が「数の表記」を表しているもう一つの例として,指数はいかがでしょうか。
投稿: koshix | 2009年7月24日 (金) 13:56
わたやんさん、
1/√2 は、たしかに数としては有理数ではないですね。もっとも 1/x は有理式で、x に無理数を突っ込んだときの値ではありますが。
ちなみに、1/π√2 の分母分子に√2 をかけると、√2/2π になりますが、これで「分母の有理化をした」とのたまった人がいます。なんでこんなことになるんですかね?値と表現が分離できていないからではないかと思います。
投稿: たつみ | 2009年7月24日 (金) 15:40
koshixさん、こんにちは
(数学的な意味での)「指数」だけでなく「対数」「逆数」「共役複素数」「因数」「約数」「倍数」などは、すべて同じカテゴリに入ると思います。すべて単独では存在せず、「〜〜の指数」という形で使います。なので、今回指摘しているような例とは、そもそも違う使い方だと思います。
ちなみに「2の指数」といわれると、それは「最初から 2^x の形をした数があって、その x の部分」のことですから、これは表現を説明した言葉ではなく、ある表現の特定の部分を説明した言葉です。
投稿: たつみ | 2009年7月24日 (金) 15:57
辰巳先生の書いている教科書を使いながら申し訳ありません。私はn進法で表した数をn進数と勝手に思い込んでいました。思い込みは良くないのは良く知っていながら、漫然と使ってしまいました。
辰巳先生ご指摘ありがとうございます。
投稿: y.tanikawa | 2009年7月24日 (金) 20:56